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【2024/11/27 21:29 】 |
『楽園計画』3
『楽園計画』3話。



******


相手の顔から視線を外し、再び本を読み始める。その間も、トーヤはじっと藤のことを見つめ続けていた。それに敢えて気づかないふりをしてやり過ごす。もし構おうものなら、相手が調子に乗るであろうことは目に見えていた。
結局、トーヤが何故自分のことを知っていて、更には一緒にいようとするのか、わからず仕舞いだったが……まぁ、仕方あるまいと諦観する。どうにも頭が足りなさそうなこの男とこれ以上会話を続けても、無駄としか思えない。ならば、好きにさせておいて、飽きていなくなるのを待つのが得策だ。
ふと、自分のものではない息遣いを間近に感じ、ちらりと顔を上げる。いつの間にか、トーヤが藤の手にある本を覗き込んできていた。藤の視線に気づくと、にこりと笑ってみせる。気に入らず、藤は視線をわざと逸らし、本を読み続けることにした。視界の端で、トーヤが首を傾げた。どうやら、本のタイトルを読もうとしているらしい。漢字のみで書かれたそれに、難しげな表情を浮かべる。かと思うと、眉を八の字にして、反対側に首を傾げた。どうやら、読めなかったらしい。
本日何度目かになる溜息を吐き、藤は本を閉じた。
「……鬱陶しい」
「………ごめんなさい……」
嫌がられたのを理解できたのか、トーヤはしゅんと項垂れた。小柄な身体をますます小さくするその姿を見ると、まるでこちらが苛めているような感覚を覚え、藤は眉間に皺を寄せた。
「……謝るならはじめからするな」
「……はい…」
落ち込むその姿を見て、本当にわかっているのだろうかと疑念が湧く。釘を刺す気持ちで、藤は「……言っとくが」と、なるたけ冷たい声音で更に口を開いた。
「馴れ合うつもりは一切ない」
「……うん」
トーヤがか細い声で頷く。だが、すぐに顔を上げ、
「……それでも、トーヤはフジの側に居られたらいい」
笑顔だった。それに、鳩尾付近をわしづかまれるような違和感と、苛立ちを覚える。――この男は、何を思ってそんなことを言うのだろうか。捻くれた笑みが口元に浮かぶのを自覚する。
――こいつは、一体俺の何を知ったつもりでいるんだ?
「……ふぅん」
乾いた声で頷きながら、考える。どうすれば、この男を傷つけられるだろうか。どうすれば、この男は自分に失望するだろうか。目を覚ますだろうか。
思いついたいくつもの方法の中で、一番シンプルな方法を取る。藤は男の前髪を乱暴につかみ、自分に引き寄せた。勢いが良すぎて、手の中で男の細い髪がぶちっと何本か抜ける手応えがする。それに構わず、藤はトーヤに無理やり唇を重ねた。途端、全身に鳥肌が立つが、自分から覚悟して行ったため心の準備は出来ていた――悪寒をなんとか堪え、乱暴なだけの形ばかりのキスを終えると、藤は男の顔を覗き込んだ。――意外にも、男は平静な顔をしていた。
「……こういうことされてもか?」
あくまで乱暴な口調のまま、藤が訊ねると、トーヤはにこりと、それまでと変わらぬ笑みを見せた。
「うん。トーヤはフジのだから」
意味が分からない。
此の期に及んでまだそんなことを言うトーヤに、藤は自分の目論見が外れたことを知った。「……莫迦か」と、トーヤを無造作に突き放す。
「わっ」
小さく声を上げ、トーヤがきょとんと見上げてくる。一体、藤が何を怒っているのかわからないという顔だ。自分がされた仕打ちも忘れて。それ程までに、自分の先ほどの行為は無意味なものだったのだと知る。
「……つまんねぇ」
藤は読んでいた本を持ち直し、読書に戻ることにした。
「つまらない………。じゃあ、フジは何が面白い?」
思いもよらず、まともな会話を仕掛けてきたトーヤの顔を、思わず見返す。トーヤの顔は、真剣そうとはいかないまでも、気の抜けた笑みは浮かんでいなかった。
「……なんだろうな。本くらいしか思い付かねぇな」
独りでいることが多い藤は、そのほとんどの時間を読書で潰している。藤にとって、本は一人でもできる、最高の娯楽だった。本を読めば、外に出ずとも多くのことがわかる。知れる。疑似体験できる。藤の世界のほとんどは、本から得た知識と「体験」で構成されていた。
「本……」
小さくトーヤは繰り返し、藤の隣に座り直した。そして、藤の読んでいる本を覗き込む。
「……? ……の……きは、……にざる、なり……?」
どうやら、平仮名は辛うじて読めるらしい。そのことに軽い驚きを覚えつつ、今男が読んだのであろうところを補完した。
「……『惻隠の心無きは人に非ざるなり』」
「そくいんの、こころ、なきは、ひとに、あらざる、なり」
藤の言葉をそのまま繰り返し、首を傾げるトーヤに、「意味わかるか?」と訊いてみる。案の定、トーヤは気楽に首を振った。然もありなん、と肩をすくめる。
「理解できないなら、これは読んだところで何の意味もない。他のを静かに読んでろ」
「………」
トーヤはやはりきょとんとした顔をし――何を思ったのか、いきなりにこりと笑った。妙に機嫌の良さげなその様子に、藤は眉を寄せた。トーヤが、更に笑う。
「フジ、優しい」
「……阿呆か。何勘違いしてんだ、邪魔されたくないだけだ。幼児向けの本なら棚の奥だ」
「うん」と、トーヤはにこにこしたまま立ち、藤の示した方へと向かっていった。
「……ったく」
舌打ちをして、もう一度本に視線を戻すが、今一つ集中できない。
「優しい」など――本当に、ふざけている。そもそも、「優しい」という言葉は、藤がこの世界で最も嫌う言葉の一つだった。
(この本と一緒だ……本当に、莫迦莫迦しい………)
戻ってきたトーヤは、絵本を何冊か抱えていた。そのうちの一冊を開き、藤の足元に座る。読み始めると、トーヤは思いの外静かだった。
ただ、読み終わるたびに奇行に走る。「赤ずきん」を読んでは自分の腹を触り、「オオカミと7匹のこやぎ」を読んでは玄関の方へ行き、しばらくうろうろしてから戻ってきた。藤も敢えて何も言わず、好きにさせるが、やはり、自分の読書ははかどりそうにもなかった。
更に暫くすると、トーヤは絵本を読み終わってしまい、そわそわし始めた。その背中に、本から視線を外さぬまま、藤は声をかけた。
「玄関なら向こうだぞ」
「? うん」
トーヤは頷いたが、きょとんとしていた。何故そんなことを急に言われたのかわからなかったのだろう。藤は、もう少し直接的な言葉を遣うことにした。
「飽きたなら、好きに出てけ」
それに、トーヤはびくりと肩を震わせた。だが、すぐに頭を振る。
「……。行かない」
頑なな答えに、溜息が出る。トーヤはそれに過剰に反応し、おびえたような目で藤を見上げてきた。だが、それも無視することにする。
トーヤは目に見えて落ち込んでいた。何をそこまで落ち込むのか、わからない。藤の眼には、先ほどのトーヤはこの状況にすっかり飽きているように見えた。だから出ていけと言っただけだ。別段、きつい言葉を投げかけたつもりもない。だが、確実にトーヤは落ち込んでいた。意味が分からない。
舌打ちし、本を放り、立ち上がる。トーヤがはっと顔を上げたのには気づいたがそれも無視する。バランスを取ながら、藤は部屋から出た。
気持ちが悪い。先から、得体の知れない感覚が、肌にこびりついているような気がした。あの男に抱きつかれたからか。それとも、キスなどしたからか。途端、先ほどの自分の行為が鮮明に思い出され、吐き気がしてきた。
せめて風呂に入り、全身の冷や汗を流したい。脱衣所まで来ると、藤は手早く服を脱いだ。ズボンも、ややつかえながら。ふと、右足が目に入り、眉を寄せる。普段は何も感じない部分にさえ、過敏になっている。
さっさと入ろうと、下着に手をかけたときだった。バタバタと足音が聞こえ、いきなり脱衣所の扉が開けられた。驚いた顔のトーヤと目が合う。
取り敢えず、下着から手を放す。小さく息を吐き、
「……なんだ」
「あ……その…怖くなって……」
先ほどの、藤の態度がだろうか。それならば納得できるが、追いかけてくる意味がわからなかった。
「怖いなら出てけ」
藤の言葉に、トーヤは「やだ…っ」と掠れる声で呟き、首を振った。その肩が、小さく震えている。
「独りはやだ…っ」
「……だったらあの部屋にいればいいだろ。……俺は風呂だ。邪魔すんな」
何やら過剰に怯えているため、フォローのつもりで言う。だが、付け加えた後半の言葉に、トーヤは反応した。
「じゃま……っ。………」
酷くうろたえているその様子に、理由もなく罪悪感を覚える。これ以上、自分が何か言えば、この男はまた怯えるのだろうか。怯えさせるつもりのない言葉に怯えられると、最早かける言葉も思いつかなかった。
とにかくこの場からは早くいなくなってもらいたかった。それは自分の保身のためであると理解する。自分が何を言ったところでこの男は怖がり、自分はそれに苛立ちと罪悪感しか覚えられないし、何よりこの姿をあまり長くは見てほしくなかった。
「……早く」
急かすと、トーヤは落ち込んだように項垂れた。そうして下に向けられた視線が、ある一点で止まる。しまった、と思ったときには遅かった。
「……? フジ、足……」
驚き混じりの声で、トーヤが言う。その眼は、藤の露わになった右足をじっと注視していた。藤の喉が急激に乾きを訴えるが、あくまで冷静な振りをして、唇を舐め、告げる。
「……もう一度だけ言う。邪魔するな。戻れ」
「でも……」
「……なんだ」
トーヤは答えなかった。当然だろう――そう、自分の右足を見下ろしながら思う。
藤の右足は、腿の半ばから下が黒く変色していた。それだけではない、筋力がほとんどなくただでさえ細い脚は、所々不気味に変形している。
あれだけ、藤のことは何でも知っているような口ぶりだったトーヤは、ただ愕然としているようだった。それをどこか物足りなくも感じる。
すると、突然、トーヤは自分の包帯を外し始めた。何をしている、と問う間もなく、はらりと包帯が外れる。露わになったトーヤの肌は、病的な色をしてはいるが、極めてきれいで、傷痕など見当たらなかった。不思議に思っていると、トーヤはそのまま膝をつき、藤の右足にその包帯を巻きつけはじめた。
「……何やってるんだ」
「足……痛そうだったから……」
意外にも慣れた手つきで手早く巻き終えたトーヤが、そう答える。その声は、少し震えていた。
「……痛くない」
答えながら、一度脱いだ服を着る。それを、トーヤは不思議そうに見ていた。
「……? お風呂は?」
「お前がいるんじゃ入れない。入りたいなら好きなときに入れ」
「………。………」
トーヤは黙り込み、暫くすると頷いて、扉から出て行った。外からちらりとこちらを見ると、目を伏せ、扉を閉めていく。
「……なんなんだ一体」
独りごち、もう一度服を脱ぐ。今度は下着まで脱いだ所で、先ほど巻かれたばかりの包帯が目に入った。丁寧に巻かれたそれに、なにやらむずがゆさを覚える。
「……本当に、意味、わかんねぇ奴」
ぼそりと呟き、頭を掻く。結局包帯は取らずに、藤は風呂場へと入っていった。




 

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